灯火親しむ
学生街の「古本屋さん」を覗く

井上書店

  −「あ、そうだそうだ」その時私は袂(たもと)の中の檸檬(れもん)を憶い出した。本の色彩をゴチャゴチャに積みあげて、一度この檸檬で試してみたら。− −梶井基次郎『檸檬』より
 いまはなき、京都の大きな書店の棚に檸檬(れもん)を置き去る悪戯(いたずら)は、三高(現在の京都大学)に学んだ梶井基次郎の小説に始まりますが…。新書の書店よりも、もっと大きな〈宝探し〉と〈発見!〉の興奮が待っているのが古本屋さんです。
 京都といえば、“お寺さん”の街であるとともに、“学生さん”の街としても知られています。そして、その両方の需要に応える、古本屋さんの数が多いのが特徴です。読書の秋、古書店を訪ねて出かけたのは百万遍(ひゃくまんべん)界隈。北に知恩寺、南に京都大学吉田キャンパスと、本に親しむ人々が往来する土地柄。訪れた「井上書店」の店内にも、さまざまな本がぎっしりと並んでいます。新刊書では味わえない、古本ならではの温かみが書棚を埋めています。
 「最近の学生さんは本を読まんと言われてますが、時代が移り変わっても、やっぱり本を読む人はたくさんいてはりますよ」。そう語るのは、60年の歴史を持つこの店の主人・井上道夫さん。「新刊書のお店はまんべんなく本を置いてないと商売ができませんが、古本屋というのは店に“個性”を持たすことが出来るんですよ。たとえば、仏教書に強い店、美術書やったらまずココというような店、お茶お花の店、書画をたくさん揃えている店もあります。ウチですか? ウチは哲学書が多いんですよ」。さすが、哲学の道からもほど近い京都の古書店。店頭に哲学の匂いが漂っています。
 ところで、秋は、古書好きたちが待ちに待ったシーズン。10月30日から11月3日まで、京都の古書店が多く集まって「秋の古本まつり」が知恩寺で催されます。
 「古本まつりでオモシロイのは、本の競り売りをやるんです。1万円を超えるような本でも500円くらいからスタートするので、大きい声で『500円!』と声を掛けると、高い本がものすごく安く手に入ったりするんですよ」。
 灯火親しむ季節、京都の夜を古本で楽しむのも素敵ですね。くれぐれも、本をマクラに熟睡しないように…。

  井上書店 井上 道夫さん
井上書店 井上 道夫さん
「趣味は散歩なんですよ」と語る井上さん。「京都の街は自転車で走るのもオモシロイんです。古いお寺の近くには、まだ古い家並みも残っていて、いろんなものが見つかります。古本屋さんの棚にも、そんな楽しみが待っています。

井上書店

井上書店
京都市左京区田中門前町100
TEL 075(781)3352
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